筆保銀香です

三題噺置き場。縦書きの。段落のところの1マス空きが変なのはご容赦ください。

ほらよ、女子高生だ

マックには女子高生がやって来る。それは、普通の笑い声と不満気な愚痴をもらす口を持った普通の女子高生だけでなく、近所のアニメイトとらのあなの戦利品を広げる女子高生や、校則なんてものに縛られないライオンのような色の髪をした女子高生まで多岐にわたる。

ここで気をつけたいのは、決してマックがすばらしいわけではない。マックが食べ物も場所もジャンクだからこそ、彼女らは誰にも気を遣わなくてすむ。
 午後五時。僕に流れる時間と彼女らに流れる時間の唯一の接点。その接点にこそ、僕の癒しがあり、だからこそ、僕はマックにいる。
「まじ最悪、ほんと、まじ最悪!」
 隣に女子高生が来る。僕の座っている位置は一番奥のテーブル席の一つ隣。もちろん、その角の席は彼女らのために空けてある。コンセントの穴があって、一番店員に見つかりにくい席だ。携帯電話に縛られている彼女らにとって、コンセントの穴は重要なセーブポイントだ。
 ふんわりと香る汗の匂いと制汗剤のレモン、インカントチャームの香水。そして、それらを強める雨の香り。
「雨が降るなんて聞いてないんだけど。てゆうか、この県はあんまり雨が降らないんじゃなかったの?」
 あんまりと全くは違うんだけど。僕は新発売のハンバーガーにかぶりつきながら思う。
「そーだよ。ほんと、最近のテレビってバカだよね」
「バカっていえば、『この県は雨が降りにくい』ってまとめちゃうことだよ」
「廃藩置県のときにミスったんじゃない?」
「言えてる」
「天才」
 そこで爆笑。僕には分からないハイセンスがそこに出来上がっている。
 しかし、今の会話で今回の女子高生についてあらかた分かってきた。
 「まじ最悪」と言ってしかめっ面をした女子高生が彼女らの中で一番地位が高いのだろう。うっすらと化粧をしていて、鞄もキーホルダーがじゃらじゃらついている。制服も第一ボタンがあけられている。偏見かもしれないが、香水は彼女がつけているのだろう。「大人ぶり女子高生」。
 いきなりテレビをバカにした女子高生は、大人ぶり女子高生に比べると、弱そうで、小動物を思わせる顔をしている。かわいらしい顔で、おそらく彼女もそう思っているのだろう。化粧では特に目元に力をいれている。唇もピンクの色をして、雫がたれるんじゃないかというぐらいの潤いがある。女子女子している「女子女子女子高生」。
 この頭の足りなそうな感じを出す二人に対して、頭の良さそうなところを出すことで張り合っているのかもしれない女子高生。「廃藩置県」なんて言葉を言ってみて牽制をしているようだ。彼女は二人と違って制服を着崩していない。しっかりとボタンを留めていて、鞄にも装飾品がついていない。だけど、それが彼女の本当の姿ではない。彼女のつけた赤フレームの眼鏡と、そっとトレイの横に置かれたスマートフォンはジャニーズのグッズがひっそりと着けられている。彼女が真面目な女子高生グループにいないのは、そのためなのだろう。「卒業後化ける女子高生」。
 その三人はあまりお金を使いたくないのか、それぞれポテト(M)を購入して、「大人ぶり女子高生」のトレイの上に一つのポテトの山をつくっている。おままごとみたいな食べ方だ。行儀が悪くて、子供っぽい。それが行われているのが「大人ぶり女子高生」というところにギャップを感じて、それがまた、良い。
「てか、『廃藩置県』なんて言葉、よく知ってるよね。まだ習ってないよね? 聞いたことないよ?」
 首を傾げる「女子女子女子高生」。可愛らしい仕草を女子にも厭わない彼女に敬礼。
「塾で習ったんだよ。山先の授業なんか眠くて聞いてないんだよね」
 「卒業後化ける女子高生」はポテトをつまんで、それにふーふーと息を吹きかけて口に運ぶ。猫舌らしい。
「へー、塾行ってんだ。確かに山先の授業ってつまんないよね。教科書読むだけの授業なら、家でやるからいいんですけどって感じ」
 おいおい、せっかく頭良いアピールをしている「卒業後化ける女子高生」なんだから、その長所を「へー」だけで潰してやるなよ、「大人ぶり女子高生」。おまえはただ人について文句を言いたいだけだろう。そんなやつだから、性格悪そうな女子ばっかりが周りにいるって思わないのか。ほら、なんか「卒業後化ける女子高生」がちょっとつまんなそうにしてるじゃん。しかも、今の隙にコンセント確保しようとするんじゃない、「女子女子女子高生」。おまえ、あれ持ってないのか。充電池持っていないのか。USBケーブルのピンクとか、サンリオキャラクターの顔のAC充電器を見せて「かわいいでしょ?」ってしたいだけだろ。
「え、なにそれ。かわいいね!」
 ほら、「卒業後化ける女子高生」が気を遣ったぞ。おまえは何回もそのやりとりしたことあるんだろうけど、してくれたぞ。興味なさそうだけど。
「これー? いいでしょ。ヴィレヴァンで買ったんだよね。安かったの」
「かわいい、これなんてキャラクター?」
「え、知らない? 『花水犬」っていうんだー」
 まるで冬虫夏草みたいなキャラクターだと思ってたら、本当に冬虫夏草みたいな名前をしていて驚いた。たれ目の犬っぽい顔に、なぜか「鼻」の部分がひまわりの「花」になっている。かわいいかどうかは分からないけど、僕からしたらなんかきもい。
 あと、「女子女子女子高生」よ。おまえはそのキャラクターに精通しているからって、「廃藩置県」という言葉を出してきた「卒業後化ける女子高生」に何も勝っていないのだぞ。社会的に見れば、「廃藩置県」を知っていることの方が偉いぞ。おまえのそれは店をぶらぶらしていれば学べることかもしれないが、彼女のそれは塾の机と椅子というリラックスもままならない場所で必死に獲得してきたものなんだぞ。
「この前さ、そこのドンキの店員でむかつくヤツいてさ」
 だから、落ち着けよ、「大人ぶり女子高生」! 今キャラクターの話をしてんじゃん。君らの言い方に合わせるなら、「てゆうか、それ関係あるの?」だよ。もっと言えば、せめて「ヴィレヴァン」の話をしろよ。ドンキホーテ関係なくない? もー超まじむかつくー。
 ほらほら、何か二人が気を遣って「え、どんなどんな?」とか聞いてるじゃん。おまえは何がしたいんだよ。おまえ、絶対彼氏ができたらどこまで進んだか逐一説明するタイプだろ、キスしたなんてことを言いたがる子だろ。あわよくば、「この前、彼氏の家に行っちゃってさ……」とか言って、二人になんか「人間として勝ってるでしょ」と示そうと思っているだろ。処女は大事にしろよ。処女崇拝主義者じゃないけど、本当に気をつけろよ。
 だめだ、だめだ。だんだんと「大人ぶり女子高生」が「ビッチ女子高生」に思えてきた。間をとって「ヤリタイマン女子高生」にするとしよう。
 妙なことを考えている間に、彼女らの方は一変。ちょっとしんみりした雰囲気になっている。「ヤリタイマン女子高生」が苦々しい顔をしていて、「女子女子女子高生」はくぅーんとでも言うように瞳を潤ませて心配している。「卒業後化ける女子高生」は握っている紙コップをぎゅっと力強く握っている。
「本当に大丈夫なの? それって警察に言わなくてよかったの?」
 女子女子女子高生が言う。
「大丈夫。ちょっと怒鳴られて、掴まれただけだし……。それに、一週間前のことだし、一週間なにもなかったし、ドンキにも行ってないから。大事には、したくないし」
 口の端をあげて笑っている「ヤリタイマン女子高生」。それは本当に笑っているのだろうか。
「でも、警察には言わなくても、お店に文句言ったり、親に言ったりしていいと思う」
 「卒業後化ける女子高生」は言う。彼女の正義感に反することだったようで、目の中に怒りの火がともっている。
「ありがと、そう言ってくれて。でも、本当に大丈夫なの。……あ、ほらほら、もう時間だよ。二人とも用事あるんでしょ? ごめんね、こんな暗い話しちゃってさ」
 円滑に、問題なく、二人をマックから追い出そうとする「ヤリタイマン女子高生」。二人は「ヤリタイマン女子高生」と違って察しが良い方なので、彼女を一人にすることを決めたようだ。トレーを持ち上げて席を立つ。
「元気出してね」
 「女子女子女子高生」が心配そうに言う。どこか他人事のような哀れみ方。
「あの、いつでもメールしてくれれば電話していい時間つくるから。無理しないで」
 「卒業後化ける女子高生」が言う。心配しながら、怒りながら、それでも彼女のことを想っているのだろう。実用的な言葉だ。
 「ヤリタイマン女子高生」は「じゃーねー」と明るく手を振る。そして、二人の姿が見えなくなると、すっと真顔になる。何かを我慢しているように。
 鞄を隣の「女子女子女子高生」がいた席において、鞄から携帯を出して、何かを入力する。五分経つかたたないかで、男子高校生がやってきて、彼女の前の席に座る。
「がんばったね」
 男子高校生が、僕でも惚れてしまいそうな優しい笑顔で言う。そっと「ヤリタイマン女子高生」を撫でて、「ヤリタイマン女子高生」を「ヤリタイマン」な感じから、「女子高生」から、全てから解放してあげる儀式。
 僕の隣の席には男の子と女の子の一組のカップルがいる。女の子は俯いていて、男の子は笑顔で彼女の頭を撫でる。
 女の子の泣いている声が聞こえないのは、きっと雨のせい。

 
妖怪三題噺「女子高生、廃藩置県、雨」
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