筆保銀香です

三題噺置き場。縦書きの。段落のところの1マス空きが変なのはご容赦ください。

ほんの小さな反逆心

私は不細工です。目が細くて、鼻が低くて、吹き出物だらけの顔。こんな顔でも、美女の多い埼玉生まれなんです。

こんな女の利用価値としては、何か芸ができるか、役に立つかでしょう。そんなわけで、私は屋上に通じる鍵穴をピッキングする術を手に入れ、そこを開けることで人々のうわさ話を手にしているのです。
「ありがとう、佐恵子」
 そう言って手を合わせてくれる同級生の女の子。結んだ髪をほどいて、大きな目をさらに大きくする化粧をして、腹立たしい。うらやましい。私も彼女らのように、男の子と恋をしてみたい。きれいな恋を。
「なあ、佐恵子」
 声がして、私は振り向きます。そこには、いつもと同じように、高田君がいます。彼はいつも、私がピッキングをする現場を抑えにやって来るのです。
「また鍵を開けていたのか」
「開いてたのよ」
 私はいつもと同じように返します。
「そっちこそ、今日も間に合わなかったの? 私を疑っているくせに」
「いや、その」
 高田君は何かを小さく口ごもってから、また意志を強め、私を見ます。
「それより、おまえはここでいつも誰かに利用されて、それでいいのか」
「いいわよ」
 それしかないんだから。
 私にはそうするしか、彼女らに張り合う方法ないんだから。
 対して、目の前にいる高田君はガリガリで、眼鏡で、暗くて、顔もそこまでよくありません。ただ頭が良いのです。そして、何かを押し付けられても嫌な顔をしないで請け負います。
 要するに、便利屋です。
「私はあなたみたいに何も得ることなく、善行に走るようなことしないわ」
 高田君は目を細め、私を睨みます。
「あなたはただの良い子ちゃんじゃない」
 私のやり方は、開けて「あげる」という行為で、「誰が」「何のために」開けたという事実が私に優越感をくれる。もしも、私が大人であれば、お金を稼ぐことで彼女らよりも勝ったという優越感を得られるでしょう。しかし、学生である私にはこれが限界なんです。
 善行を働くという無償の行為は、こんな優越感を得られないでしょう。
 だからこそ、私は高田君が好きではありません。彼が偽善者にすぎないからです。こうして私に向かって言うのも、私なら勝てるかもしれないと思っているかもしれない。そう思うと腹が立つから嫌いなんです。
 その日、高田君は私に背を向けて、そのまま帰って行きました。

 それから数日後。
「あそこの鍵を開けてくれ」
 高田君が私に頼みました。私はすぐに文句でも言ってやろうと思いましたが、彼の少しも笑わないで、私の方を見ずに、なんだか悔しそうに口を強く結んでいるのを見て、「わかった」としか言えなかったのです。
 屋上を開けると、涼しい風が私たちを迎えます。ここはいつも、ドアを開けると風が通ります。
 高田君は私の横を通り抜け、屋上の真ん中まで歩いて行きます。私はそれをじっと見ているだけでした。
 真ん中についた高田君は鞄の中から、オレンジ色のペットボトルを取り出して、それを屋上の床にこぼしていきます。
 私にはどういうことなのか理解できません。私たちの学校ではジュースは持ち込み禁止です。それを彼がどうして屋上にこぼすのか分かりませんでした。
「ちょっと、何をしているのよ」
 自分も怒られるのではないかと思い、私は彼を止めようと近づきました。ですが、途中で足が止まります。彼が泣いていたからです。
「おまえ、俺が良い子だって言ったよな」
 涙声で聞き取りにくいですが、彼がそう言いました。
「言ったけど」
「俺は」しゃっくりひとつ。「良い子なんかじゃねえよ。なりたくねえよ」
 高田君は「ちくしょう!」と言って、半分残ったジュースを床に叩き付けます。少しバウンドした後、ペットボトルが転がりながら、中身を吐き出します。
何かあったのでしょう。
彼も生まれながらのハンデをなんとかしようとしたのでしょう。
それでも、自分でも割に合わないと思っているのでしょう。
こんなオレンジジュースだけで、帳消しにできるものではない、と。
私は鞄から自分の水筒を取り出して、残っていた麦茶をオレンジジュースの上に流します。
「おまえ……」
 高田君はその様子を見ていました。いつもより大きく目を開いていたから、驚いていたのかもしれません。
「私はただ空を見に来ただけよ」
「は?」
「時間外れの夕焼けを見るために」
 麦茶とオレンジジュースが混ざって、空を映して、それが夕暮れみたいだったらいいな。
 でも、現実はオレンジと茶色が混ざって、汚れていくだけです。
 彼は悪いことをして、私は彼女らの憩いの場所を汚して。それでチャラにできたら良い。
「俺ら、なにやってるんだろうな」
「ただの傷の舐め合いよ」