筆保銀香です

三題噺置き場。縦書きの。段落のところの1マス空きが変なのはご容赦ください。

電気椅子探偵

件名:stoooooove! 
 きみは知っている。いや、知っているはずだ。なのに、なぜか気づいていない。
 冬だけじゃないんだよ。春夏秋冬いつだって、きみは燃やしやすいものなんだ。
 なのに、きみときたら。燃えやすいものと燃やしやすいものを一緒にしている。

ストーブ!
これは警告である。この言葉を無視しようがどうしようが、なにも変わらない。
ただあらがうのか、ただ死ぬのか。燃えていく火の中、ストーブの中で考えろ。

このメールを受け取ってから二週間後、私のアカウントと私の活動について、炎上専門のサイトに掲載されることとなる。
『本当に、厄介なことに巻き込まれているよな』
 イヤホンから声がする。久遠の声だ。私の思い出の中にある声変わり前の中学生の声と変わっているが、大学生の男にしては若干高い声だ。
「全くだ。おかげでメインのパソコンでメールチェックやSNSのアカウントを覗くことができん」
 私はため息を吐きながら画面がついていないデスクトップパソコンのモニタを撫でた。しばらく使っていないとしても、掃除をかかしていないおかげで、手には埃一つ着いていない。
 ノートパソコンの画面に向き直る。デスクトップパソコンのモニタの前に置かれた、一回り小さなそれは持ち歩き用の予備器だ。こういう事態を想定していたわけではないが、デスクトップパソコンに何か良くないものを覗きに来るヤツがいそうな時には重宝している。つまり、今はこいつに頼るしかない。
『しかし、思わぬところでおまえの名前を見ることになるとはなぁ。おまえ、今なにしてんの?』
「探偵だ」
『探偵?』
 イヤホン越しでも分かる。今、久遠は笑っている。
「そう。探偵。私自身は電気椅子探偵と名乗っている。安楽椅子探偵みたいで、かっこいいだろ?」
 私も負けずと勝ち誇った笑みを実際にしながら、言う。こういうのは、恥じた方が負けだ。
『相変わらず分けの分からないやつだ。痛々しいというかなんというか。そんなにミステリー好きなのかよ。それなら、この前、俺が読んだ』
「いや、ミステリーの作品については特に知らないし、興味もない」
 久遠の声を遮って私は言う。
「ミステリーの本や漫画、映画を見たとしても、あれは探偵ものではなくてヒーローものなんだ。私の目指すものとは違う。私は調べて、調べて、調べに調べ尽くして、真実のような事実を知りたい。それも、家から出ることなく、ね」
『……』
 久遠は何も言わない。だが、きっとため息を吐きたくなっているのだろう。呆れているのだろう。
「私が知っているのは探偵の概念だ。安楽椅子探偵ノックスの十戒、そういうものを知って、知った気になって、自分の哲学に組み込んでいるんだ」
『本物を読みもしないでよくそこまで……。いったい、どうやって知ったんだか』
ウィキペディアだ」
 私は堪えきれずに声を出して笑った。

私の炎上事件は、実のところ些細なものだ。
 高校のときに私が暴いてしまったことが原因で、先生が一人自殺してしまった。実際、あれは暴かれるべき問題であり、先生は自分のしたことのツケを被って死んだに過ぎない。
 その事件を誰かが面白可笑しく掘り出してきて、私のSNSアカウントで何も悪びれずに過ごしている有様を付属し、記事にしたに過ぎない。おかげで、私のSNSアカウントの通知やプロフィールに書いていたメールアドレスに、私に関するあらゆる意見が届けられるようになった。
 その記事を見て、私のことを知った中学の頃の同級生である久遠は、私のSkypeのIDをどこからか入手して連絡をしてきた。
『おい、大丈夫か! おまえのことがいろいろと問題になっているの、知ってるか?』 
 久遠の慌てた声を、一週間経った今でもはっきりと思い出せる。久遠としては私のことを心配している様子だった。もしかすると、久遠は私に対して「親しい友人である」と感じているのかもしれない。
 もしそうだとしても、私は久遠について「親しい友人である」と思えない。
「無駄なことだ」
 私の好奇心は、彼の存在など1ミリほどしか反応しない。その1ミリを知ることができれば、用済みだ。
 デスクトップパソコンの電源ボタンにそっと人差し指を当てて、力を込める。

『今度、会わないか?』
 世間話をしている最中、久遠が言った。
「会う? 会ってどうするっていうんだ?」
『べつに変なことねーよ! ……ただ、おまえがいろいろと周りに言われているのが心配で。おまえは知らないだろうけど、中学の連中もあのサイト見て、いろいろ言われてんだ。だから、こう、なんていうか』
「なんていうか?」
『守りたいんだよ』
 イヤホン越しに伝わる、彼の声にしては低めの声。真剣味のあるような声。
 私は目を伏せて、次の言葉を待つ。
『あの、俺はおまえのこと大事っていうか、昔から気になってて』
 それは知っていた。ここ最近の会話を思い返してみれば、随分熱心なアプローチである。
『会う話だけど、俺の家に一度来ないか。俺の家、裏路地がいっぱいある通りの中だから、駅まで来てくれればそんなに目立たずに来ることができると思う』
「行かないよ」
 ふふっと、つい笑いが漏れる。久遠の『え?』という戸惑う声が聞こえる。
「私は行かないよ。探偵は自分で身を守れなければならないからね」
『おまえ、そんなこと言ってる場合かよ! あと、まだそんなことを言っているのかよ!』
 そういえば、一度しか久遠に私のもう一つの顔である「電気椅子探偵」のことを話していなかった。彼の反応を見るに、あれは私の冗談だと思っていたのだろう。
「ああ、私は電気椅子探偵だ。だから、私の事件は私が解く」
『だから』
「ストーブ!」
 久遠の声を遮るように、私は大きな声で言う。
「きみは知っている。いや、知っているはずだ。なのに、なぜか気づいていない」
 私は最初に来た、あのメールをノートパソコンの画面に映し、それを読み上げる。
「きみは燃やしやすいものなんだ」
『何を言ってるんだ……』
「なのに、きみときたら。燃えやすいものと燃やしやすいものを一緒にしている」
『だから、何を』
「それは君だろう。君も燃えやすいものであるのに燃やしやすいものの傍にいる」
『何を……』
「ストーブ自体が燃えないわけではないだろう?」
 久遠が息をのんでいる、そんな気がした。
「君がこの事件の犯人だ。いや、この事件ではない。君は他のいろいろな事件についての犯人だよ、久遠」
 久遠の使っているパソコンはノートパソコンだ。そのビデオカメラを遠隔操作でオンにして、私のデスクトップパソコンに送らせていた。私はそれを再生する。きっとしっかりとノートパソコンの内蔵マイクは久遠に伝えてくれるだろう。
 炎上騒ぎを起こして、その女の子に近づいて、親しくなったところで家に呼び、複数人で弄んで、女の子から金銭やその身体を搾取する。
 それが久遠の所属するグループのやり方だ。
「久遠、そういうやり取りを電話でしてしまったのが運の尽きだ。メールだったら、私もちょっと時間をかけていろいろとしなければならなかったからね」
『おまえ、そんな、俺の、俺のパソコンをハッキングするなんて』
 久遠の声は怒りに震えていた。
「そんなの些細なことさ。君の悪行に比べればね」
 私は耳からイヤホンを外し、言葉を続ける。
「そういえば、君は電気椅子探偵について、安楽椅子探偵のようなものだと勘違いしていないかい?」
 デスクトップパソコンから、掲示板を開く。あらかじめ用意していた、彼への告発文章をコピペし、テキストボックスに入れる。
 イヤホンからなにか声が聞こえるが、外してしまった今では聞こえない。
電気椅子に座るのは私ではない。私が暴く犯人の方さ」
 私は電気椅子探偵。悪行を暴き、世に蔓延る犯人を電気椅子に座らせる、執行人。
「それでは、ごきげんよう」
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妖怪三題噺「ストーブ、椅子、イヤホン」
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