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筆保銀香です

三題噺置き場。縦書きの。段落のところの1マス空きが変なのはご容赦ください。

三題噺:あなただけ

泳いでいる魚。牧場にいる豚。小屋の中にいる鳥。
 私たちが「食べ物」として扱っている「生き物」たちを眺めていても、私はそれを「食べてみたい」なんて思ったことがない。
 クラスメイトの池本君。背は男子の平均くらい、中肉中背。
 どこにでもいそうな人なのに、私はなんでか彼を。
 食べたくなる。
      *
「池本君」
 掃除時間に下駄箱に向かう俺を呼び止めたのは同じクラスの花村だった。あんまり話したことはないけど、結構印象的な女子。
 友達に言っても同意を得られないことだけど、俺は花村の目が怖い。なんだかギラギラしているような、なにかを企んでいるような。そんな気持ちになって胸がざわつく。
「なに、花村」
 俺は自分のざわつきをどうにか顔に出さないように意識しながら、なんでもないように花村に向きなおる。花村は少し上目遣い気味に俺を見る。
 ぎろり、と。
「変なこと言うけど」
「うん」
「池本君って、美味しそう」
「は?」
 俺は花村を眺めたまま何も言えなかった。花村も何も言わない。ただじっと俺を見る。
 やめろよ、その目。そんな目で見るなよ。今言ったことが冗談だとするなら、笑ってくれよ。
 なに考えてんだよ。
「ごめん、変なこと言って」
 先に沈黙を破ったのは花村。俺はそれに「ほんとだよ」と言って、花村に背を向ける。あくまで逃げるんじゃなくて、担当の掃除場所に行くため。そう見えるように。
「それにさ、俺なんかじゃなくて、もっと美味しそうなやつがいるだろ。長谷川とかさ」
 俺はクラスでも巨漢で通ってる男の名前をあげる。肉肉しい肉って感じの男だ。さぞ、食いごたえがあるだろう。
「ごめん」
 花村が言う。その後にずびっという音がして、小さな嗚咽のようなものまで聞こえてきた。
「おい!」
 振り返った俺が見たものは想像とほぼ変わらない花村の姿だった。
 花村は泣いていた。まるで失恋した女の子のように。
「おまえ、なんで泣いてんだよ」
「ごめん」
 花村は自分が泣いていることを否定するかのように首を振る。
「ごめん。本当に変なこと言って」
「あ、いや、そうだけどさ……」
 目の前で泣いている同級生を泣かせてしまったのが自分であるという罪悪感。そいつが俺の口を借りて言う。
「いつかまた聞いてやるから」
 花村は泣いたまま頷く。
 絶対に忘れられない思い出になってしまった。
      *
「そんなことあったねえ」
 扉の前で緊張を紛らわせるように、二人で話していた。お色直しが終わって、純白から赤のドレスを着た花村、いや、清美を見ると心臓がばくばくする。
 このまま見ていると早死にしてしまいそうで、直視できない。それでも見たい。そんな気持ちがせめぎあっていた。
 俺はそれをごまかすために、思い出話を清美としていた。
「あれが初会話だったもんね」
「ほんとな。あれが初会話だったなんて、なれそめで絶対言えないわ」
「でも、そんな初会話をした相手と、今こうして結婚式をしてるんですけど?」
「昔の俺が知ったらなんて言うか」
      *
 あの会話から、俺は清美とたまに話すようになった。最初はあくまでも「お友達」として。その間、清美は変なことを言わなかった。
 再び清美が言うようになったのは、大人になってから。十年ほど経ってから。住んでいる場所が離れてしまって、電話という文明機器によってギリギリ繋がっているような状態だった。
『池本、お願い』
 ある日、電話口で花村が言う。あの日のような泣き声で。
『わかってる。私がおかしいって。でも、池本のことそういう風に感じてしまうの。友達なのに、食べたいっておかしいよね。せっかく友達になったのに、こんなのが、こんなこと思っている人が友達だって思えないよね……』
 後から知った話。高校の同級生にその話をして否定の言葉を言われまくった清美は俺から離れる覚悟で電話をしてきたらしい。どうしてそう思ったのかわからない当時の俺だったが、清美が離れて行ってしまう気がした俺は必死に彼女を繫ぎ止める言葉を探す。
「特別な関係になろう」
 清美の泣いている声が止まる。
「俺と特別な関係になろう。いや、なってください」
「……」
「そしたら、食べられようがなんだろうが、好きにしていいっていうか……」
 違う、違うだろ!
「俺は花村が好きだ」
 かすかに電話口から戸惑う声が聞こえる。
「全部、おまえにやるから。俺と結婚して」
      *
 全員が俺らに注目する中、俺と清美は唇を重ねる。
 なんどもふれてきた唇だけど、重ねるたびに清美を抱きしめてしまいそうな気持ちになる。
 小さな痛みが唇に走って、俺は少し驚いて顔を離す。
「いただきます」
 周りの歓声の中に隠すように清美が言う。そして、にやりとした口元と、ぎらついた目。
 俺の全部は、彼女のもの。

妖怪三題噺「友達、肉、式場」
https://twitter.com/3dai_yokai