愚かな若者たち
なんとなく、エッセイ的なものを書こう。三題噺という何が出てくるかわからない魔法のランプみたいなものでエッセイというのも場違いかもしれないけれど、とにかく今日はそんな気分で。
これは私が高校二年生の頃の話で、当時の私は友人に頼まれて小説を書いていた、ゴーストライターみたいなものだった。放課後の教室で、黒い学生鞄の中から小さなネットブックパソコンを取り出す。そのパソコンの中にはワードしか入っていなくて、私にとってそれは自由帳みたいなものだった。
白紙のワードに三回のエンターキー、一回のスペース。それで準備完了。目を閉じて、「きれいなもの」を想像する。
——星、——夜空、——夕暮れ、——木陰、——ピアノの音、——水、——はねた水、——おちた雫、できあがるクラウン。
目を開ける。
もう一つ、私にとって評価されていたもの。しおりを作っていたときの絵。金魚と水面の絵。
みんながきれいって言っていた。だから、私はいっぱい金魚を書く。デフォルメされたかわいさがあるって誰かが言っていた。少し誇らしかった。
でも、私は金魚をしっかりと見たことがない。ペットショップとかそういう所にいるのは知っているけど、それがどういう形をしているかなんて覚えていない。
ただ、いろいろな雑貨の中に書かれる、なんとなくな金魚をなんとなく知っているだけ。
それをありがたがるみんなが、なんだかバカみたいだった。
そんなバカに向かって、私は言うんだ。
「昔から、金魚が好きだったんだ。見ていると、すっごく癒されて……」
場所を変えて、実験室。
「作品が書けないの。邪魔しないからここにいていい?」
そんなことを言って黒いカーテンの奥に入って行った。教室にいると、廊下から中をのぞく視線に耐えられなくなった。実験室には黒いカーテンがかかっていて、中が見えない。実験中であれば、中の人は私に特に干渉してこない。
私は床に座り込む。紺色の制服に白い埃がつくかもしれないなんて考えない。椅子に座って机にパソコンを置いて作業をするということが好きになれなくて、床に座り込む。私よりも背が高い机が私を隠す。
実験室に私と、後輩が二人。そのうち一人は実験のリーダーで、私の当時の恋人。科学に興味があって、なんとなく「オーロラとかいいっすよね」とか言っちゃって、先生にのせられて、人工のオーロラを作ろうとしている。
「なんでオーロラを作りたいの」
私は彼に聞いたことがある。
「なんだかロマンがあるじゃないっすか。寒い所に行かないと見れないものを俺たちが作り上げるんですよ!」
熱に浮かされたような声で言う。本当にバカみたい。部活で研究をして、実績を手にして、そういうことを研究できる大学に行きたいって最初言ってたくせに。実績が簡単に手に入れられることを捨てて、別のよく分からないことに手を出している。先生に流されてて、バカみたい。
「オーロラなんて見たことないくせに」
私も彼も、オーロラを直接見たことはない。写真とかテレビで見ただけ。しかも、本当にそれが昔から好きだったのか分からない。
ねえ、本当に好きなの? オーロラ。
そう尋ねれば毎回少しずつ変わっていく答え。
「俺、昔からオーロラを見ていると、すげえって思って。ずっと直接見たいって思ってたんですよ。先生はそれを見抜いて、俺にオーロラの研究をしないかって言ってくれたんですよ!」
その先生は、単に「高校生の南極研究大会」で何かしたいだけだよ。君のことを見抜いてなんかない。
「それに、これは俺にしかできないんです。他の奴らは確かに先輩方からの実績ある研究を引き継いでやってますけど、俺から言わせればあれはただの惰性ですよ、惰性。簡単に棚から落ちてきたものを自分の実績にするなんて、すぐに詰んでしまうに決まっています」
みんなはなんとなく「部活やってます!」みたいな気分がほしいだけなんだから、楽で楽しい方に流れるでしょ。君の心意気は確かにすごいかもしれないけどさ、君だって、先生に言われなきゃオーロラなんて研究しなかったでしょ。
あと、いつからその「昔からオーロラが好きだった自分」ができたわけ。君と一緒に居て結構経つけど、初めて聞いたよ。
そのことを一つ一つ指摘する気にはなれない。彼の夢見がちな頭に、私の現実的なところを入れる余裕はないのだから。
私の金魚。彼のオーロラ。
なんとなく手にした自分のアイデンティティになりそうなものにまつわるエピソードについて、なんでこう派手に、そうなる運命だったように、ごてごてと飾りをつけて、理由をつけてしまうのだろう。
人に話せば話すほど、現実的でなくなるのはなんでだろう。
背伸びして、すげえって言われるような、運命の序文を考えてしまうのだろう。
昔からなんて言わなくていいんだよ。昔話だって、「昔々、あるところに」で始まるじゃん。そんなシンプルなものでいいんだよ。
ありのままの自分について、変なところを拡大解釈して、運命的にして「ありのまま」から遠ざけて話さなきゃいけない。
そんな気がしていたのはきっと、私たちには本当はなんにもなかったからなんだと思う。
妖怪三題噺「金魚、オーロラ、序文」
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